劇団GAIA_crew『サイバーパンクRED』オリジナルセッション「シルバー・パンプス」
2045年、ナイトシティ。
巨大多国籍企業アラサカと、ミリテクが繰り広げた戦争の余波で空が血のように赤く染まっていた「赤の時代」。人の命が大豆チップス1袋程度の価値しか無いこの街に巻き起こったある事件、後に「ドロシー・メランコリック(ドロシーの憂鬱)」と呼ばれる小さな事件に関わったエッジランナーズたちの物語。
Prologue
ナイトシティの北部、ワトソン・ディヴェロプメント。俗に「カブキ」と呼ばれるアジア系住民の多い一帯。そこにある小さなBar「GAIA」に集まるエッジランナーたち。
アーバン・リビルディング・ゾーンに位置するこの場所には、北にミリテクの兵士が多く常駐する北カリフォルニア軍事基地、南にアッパー・マリーナとリトルヨーロッパに挟まれ、混沌としつつも情報が集まる場所だ。
店主のババアは声がデカく、態度もでかいが面倒見だけはいい。暴力はご法度。いつしか決められたこの掟を破ると常連のソロだけじゃなく、カウンターの下に仕込んであるという噂の小型タレットが7.62ミリ弾で厄介者の下半身をミンチにしてしまうらしい。(実際それを見た人間はまだ1人もいないが)
細長い作りのBarは奥がVIP席になっており、場違いな浮世絵がプリントされた長いのれんがかけられているボックス席になっている。詰めれば8人は座れるこのシートが、ここで商談などで使われるテーブルというわけだ。
「で、私の力が必要だと、そう蝎子さんはおっしゃりたいのですね?」
中東風の民族衣装に身を包んだ男はそう言いながら頭を下げる。下げられた方の東洋の女は苦虫を噛み潰したような顔で咥えた紙巻煙草を吸い込み、深く煙を吐く。
「たしかにあんたの力は必要だけど、なんだろうね、そのツラと態度を見てるとイライラするのは変わらないわね。ああ気にしないで、これは仕事に関係することじゃない、私の個人的感情だから」
ひどい侮蔑を言われても男はヘラヘラとした表情を崩さない。
「ええ!ええ!それは仕事に関係ないことですからね、いいんですよ!それより話を進めめましょう」
男、エタニティと呼ばれる彼は会話を続ける。眼の前にいる美人はいわゆるクライアントだ。共にフィクサーとしてこの街で仕事をしているが、2人は格が違う。
蝎子(シエツー)と呼ばれる彼女が持ってくる仕事は多彩だ。アラサカやミリテクに絡む企業絡みのハッキングなんていうヤバいものから、グレンの行政地区への資材搬入なんて簡単なものまである。ただ、彼女自身が持っているコネクションの多さ、人脈の広さと、彼女自身の底知れぬ得体の知れなさが、周りにいる者に畏怖と警戒心を植え付ける。
その点エタニティは小物なのかもしれない。仕事の大半はエッジランナーやアーバン・ゾーンの住民や店舗への衣料品、工業品などの流通を中心とする何でも屋だ。仲介業者といえば聞こえはいいが、エッジランナーを斡旋して中抜きするポン引き(ピンプ)の1人でしかない。それでもクライアントからひっきりなしに彼に話が来るのは、常に理性的で柔らかい物腰と、その仕事の確かさの賜物だろう。
「簡単な仕事だ、指定の時間までにブツを届けてくれ」
角のペイントが剥がれたVIPルームの黒い机の下に、そのトランクケースはあった。大きさにして4~5泊用といったところ、どこにでもあるような緑のそれをエタニティは見つめる。モノを見続けるのが仕事の彼は目ざとく“違い”を見つけていく。
材質が違う。通常のトランクケースならせいぜいABS樹脂かアルミで出来ているだろうが、こいつの表面は防弾性のプラスチック板とナノカーボンを挟み込んである。恐らくはワンオフの一点もの、これが簡単な仕事の訳がない。
「中身は何でしょうか?」
気づかないふりをして、笑顔を崩さずにエタニティは語る。
「私も知らない、お互い知らない、詮索しないというのが絶対の条件でね」
「それは困りますね、蝎子さんもご存知でしょう?この仕事、信用第一ですよ。気を抜けばいつ背中から撃たれるかもわからない生活をしているんです。最低限の信用は保証と同義語ですよ?」
蝎子が不機嫌そうに煙草を灰皿代わりのディッシュでもみ消す。いくら睨みつけてもエタニティの微笑みは崩れない。それがこの男の武器だ。
「…わかった、アラサカの軍用スパイダードローンだそうだ。実際中身を確かめたわけじゃないから、私にもそれが本当かはわからない」
「スキャンは?」
「したさ、お前だってもう気づいているんだろ?こいつは普通のケースじゃない。スキャンも通さない」
「それでも受ける理由は?」
蝎子はニヤリと微笑み、もう1本煙草を咥える。
「そいつは無粋だなエタニティ、それもあんたの言うところの『信頼という名の保証』だよ。金が良ければ受ける、当たり前だろ?」
「でも危なそうだからこっちに丸投げする、いやはや商売がうまい」
「あんたも成り上がればいいんだよ、そうすりゃ私の気持ちもわかる」
エタニティは表情一つ変えずにまっすぐ蝎子を見つめる。とは言え自分に不利益があるような案件をホイホイ受けるような愚かなことを蝎子は絶対にしない。何かしら確証があるのだろう。
「わかりました、場所とリミットは、あと、お代はいかほどいただけるんで?」
「リミットは今夜0時、ヘイウッド工業地区の南、16ストリートの倉庫街の一つだ、詳しくはこれを」
時代遅れにも程がある手書きのメモを蝎子が渡してくる。デジタルは便利だが信用できない場面もある、というのが彼女の信条らしい。
「ギャランティはトータルで8000eb」
「8000?それはあなたの取り分を入れて、ですよね?」
「いいえ、私の取り分は抜いて、よ。何人集めてどれだけ分配するかはあなた次第だけどね」
多すぎる。ただブツを運ぶだけだとしたらこの金額は多すぎる。8000あれば中古型落ちのサイバーバイクが手に入る。普通ではないということか。
「どうする?私にはあまり時間がないんだ、エタニティ」
「わかりました、今すぐ腕利きを集めましょう。やり方は私に一任という形でよろしいですか?」
「時間厳守、お互い中身は知らない、詮索しないが守れればあとは任せるよ」
「では手付として半額の4000を、あとは成功報酬ということで」
蝎子からエタニティの口座に4000が振り込まれる。通知を受け、金額を確認した商売人は更に顔をほころばせ、
「確かに、ではこれでお受けしました」
「頼むぞ、連絡は密にな」
「誰を呼ぶかは気にならないのですね」
「あんたが呼ぶランナーたちなんか想像がつくわよ。ユムとかジェニーあたりでしょ?しっかり頼むわよ」
言い残すと蝎子はさっそうと立ち去る。帰り際にチップ込みの席料を渡されたババアが暖簾をくぐり顔を出してくる。
「もう終わりかい?席を空けるなら早くどいておくれ。一応客商売だからね、テーブルを拭かないとならない」
「もう少し待ってもらえますか?急ぎの仕事らしくてね」
そう言うとエタニティは手元にトランクケースを引き寄せ、目的の男に連絡を取る。数コールの後に相手はそのコールに応えた。
「どうも、ユム、私です、急な仕事が入りまして…荷物を運ぶだけの、簡単なお仕事ですよ、メンバーを集めたくて」
「また急だな、まあ、いつものことか。モノと場所は?」
「アラサカ製の軍用スパイダードローンが入った大型ケース、リミットは今夜0時、ヘイウッド工業地区の南、16ストリートの倉庫街」
ユムは凄腕のノーマッドだ、所属する傭兵団はあるものの、フリーで運び屋をやることも多い彼をエタニティは信頼している。大柄で無愛想な雰囲気の彼は実のところ人情家なのだが、表向きは仕事にドライな男を気取っている。甘いところを見せたらすぐに命が無くなるのがこのナイトシティだ。それをエタニティは理解しているからこそ、依頼の内容は過剰なまでに簡潔に伝える。
「シンプルだな、それなら俺とお前だけでもやれそうだ」
「ところがギャラが良すぎるんですよ、絶対に面倒なことが起こる」
「いくらだ?」
「前金で4000、成功報酬で4000」
「そりゃ多すぎるな、お前の言う通り、どうせギャングやらが出てくる案件だ」
「かつ、自分の手は汚したくない、あるいは汚せない」
「……荒事になるかぁ、まあ、飯を食ってたからな、腹ごなし程度になればいいんだが」
「お食事中でしたか」
「KUJIRAでディナーをな、ちょうどジェニーもイメルダも一緒だ」
「ちょうどいい、2人押さえてください、今からそちらに向かいますから」
ユムの返事を聞く前にエタニティは席を離れる。ババァに電子でいつも通りの金額を支払う。この後実入りの良い仕事があるとはいえ、蓄えは大切だ。
Bar GAIAからKUJIRAバーガーまでは歩いて15分程度。道中せいぜい死体を見ないようにしたいと、エタニティは思った。
Chapter.2
KUJIRAバーガーはカブキエリアの中でも珍しいオーガニックな肉や野菜が楽しめるダイナーだ。普段からキブル(合成食品)や粗悪なプレパックで腹を満たしているこの町の住人からしたら、少々値段が張っても有害廃棄物が混入していない野菜や肉を食いたいと思うのは当たり前のことだろう。エタニティが店に入ると、店主のJJが彼を迎え入れる。
「よお、エタニティ!お仲間は奥だぜ?」
「どうもJJ、店は繁盛していますね」
「まあな、でもうちは利益率が低いからな、貧乏暇なしってやつだ」
「値段を上げたら?」
「そうしたら常連のバカどもが来なくなるだろ?適切な栄養が取れなくなればあいつらは銃を乱射したり人と争ったりしだす。俺は社会貢献としてこの値段でやってるんだ」
そう言ってJJは笑う。ユムと共に名うての傭兵団の一員だった彼は、子供が生まれたことで変わった。こんな世界だから、こんな街に生きていても、子供に誇れる自分でいたい。一度泥酔した彼は泣きながらそう言っていた。
「いよぉ!エタニティじゃねえか!何でもあたしたちに仕事があるって?ありがたいねぇ!」
バカでかい声でパンキッシュな女が近寄ってきて、エタニティの肩をバンバンと叩く。
「やあジェニー、耳が早いですね」
「今もユムとイメルダが仕事で車を穴だらけにしやがってね、修理を頼んできたから請け負ったのさ。まけてやる分飯を食わせろってね、みんなで仲良くハイキングって寸法さ!」
「そうですか、車は動くんですか?この後の仕事で必要になるんでね」
「あたしを誰だと思ってんだぃ?ジェニー・ハニヴァー様だよ?あっという間に新品同様さ」
「ジェニーの修理の腕は確かよね、私の腕のメンテもお願いしているくらいだし」
立ち話をしていたらもう1人の女が話しかけてくる。細身で小さな身体に似つかわしくない鋼鉄の左腕と、背中に背負った巨大な刃物が印象的な彼女の名前はイメルダ・グエン。幼児が好むようなファンシー・トイと人間を解体する事に異常な愛着があるブッチャー(肉体解体愛好者)だ。
「お2人共お元気そうで何より。では、仕事の話と行きましょうか」
奥の席で苦虫を噛み潰したような顔でバーガーにかぶりつくユムの席に3人は向かう。
「ユムさぁ、なんでそんなにしんどそうにバーガー食ってるのさ?」
「お前らがJJに頼まれた新作のアイデアの試作品を食わされてんだ!なんだよピザバーガーって!小麦粉で小麦粉挟んだら食いづれえだろうが」
「仕方ないじゃないか、今じゃグルテンは過剰供給なんだ、世界平和にも貢献できる素晴らしいバーガーだろ?」
「まあいい、それで仕事は?」
もさもさと口の端からチーズをのぞかせながらユムが確認してくる。
「で、問題のブツはそのゴロゴロ引いているトランクか」
「そうです、いやはや、重たい」
痩せぎすで中東系の民族衣装をまとったエタニティがトランクを転がして歩いている画も相当滑稽だが、文句を言いつつも汗一つかいていないのがこの男の不気味なところだ。
「スキャンも通さないねえ…あたしがぶち壊して開けてみようか?」
「ジェニーご勘弁を、何があるかわかりませんから」
「まあ邪魔する連中が来るのなら、私がぶった切るから問題ないよ」
「そうならねえ事を祈っているけどな」
それぞれが好きなことを言っている。だがここにいる4人はそれぞれきっちりと“自分の仕事をする“連中だ。友人ではないが、信頼ができる人間としかエタニティは付き合わない。
「話は聞いたが、中身が何かもわからねえんだろ?」
「スキャンを通さないそうなんですよ」
「試してみたのかい?」
「蝎子さんがダメだったと言ってましたからね、信じるしか無いでしょ」
「でも、一応試してみたら?」
「そうですねえ…」
「試してやろうか?」
背後から声がかかる、青いジャケットにスキンヘッド、目元にはゴーグル型のサイバーウェアの痩せぎすな男が立っていた。
「…あなたは?」
「あれぇ?クズじゃないか!こんなところで珍しい!」
「クズじゃない!カズだ!ジェニーは何度言ったら覚えるんだ?」
「どっちでもいいじゃないか!ああ、こいつは…えーと」
「…KZ2000、カズでいい。ハッキングには少しばかり自信があるんだ、試してみようか?」
KZと名乗った彼は目を見ずにボソボソと語る。聞けば彼はジェニーと何度か組んだことのあるネットランナーで、かなり厳しい現場もこなしてきたということだった。
「あいつ人の目見ないしさ、ボソボソ喋る根暗だけど、腕は確かだよ。ちょっと前のヤマでもあいつの作ったキラーウイルスのお陰で窮地を脱したからねえ」
「ジェニーが言うなら、とりあえず見てもらっていいですか?」
「わかった、もし中身を特定できたら」
「手間賃はお支払いしますよ」
KZのウェアがチキチキと音を立てながら光を放ちだす、時間にして1分ほど、深く息を吐きながらちらりとエタニティを見る。
「すいません、偉そうなこと言いましたが中身までスキャンできませんね。ロック自体は少し時間を頂ければ開けられるかもしれませんが」
「それは出来ません、この仕事は信用ありきです。故意に開けるのは契約違反です。まあ“偶然なにかあって開いてしまったら”それは仕方ないかもしれませんが」
にやりとエタニティが笑う。
「めんどくさいことしないでぶっ壊せば?」
オレンジジュースを音を立ててすすりながら、イメルダがケースを軽く蹴飛ばす。この女はやるとなったら周りを気にせず、このケースにグレネードでも打ち込むだろう。
「ちょっと自信無くすな…じゃ、これで」
「待ってください」
エタニティが呼び止める。背を向けて去ろうとしていたKZは少し驚く表情を見せながら振り返る。
「せっかくだからこのヤマ、あなたも噛んでみませんか?報酬は破格の8000eb、基本は5人で均等割、余った分は経費として私が貰うという形で、お時間あればですけど」
「おいおいエタニティ、急にチームを増やすのか?分け前が減るじゃねえか」
「いいじゃないか、クズの腕はこのジェニー様が保証してやるよ、人数は多いほうが楽しい!だろ?」
「いや、俺は…」
急な提案で戸惑いを見せるKZ、エタニティはなにか確信を持つように微笑みを絶やさずに続ける。
「丁度腕のいいネットランナーを入れたいとは思っていたんです、ジェニーが言うなら仕事はしっかりお願いできるのだと思いますし」
「…まあ、仕事があるなら助かりますが、最近稼ぎのいいヤマが少なくて」
「運が良かったねクズ」
「カズ、だ!」
ヘラヘラと笑うジェニーを横に、ユムは既に地図を検索して最短ルートを検索している。
「5人だと車が手狭になるんだよなぁ」
ブツブツと文句を言いながらものそりと立ち上がり、JJに声をかけつつユムが愛車に向かっていく。その後姿を見て他のメンバーも立ち上がりその後を追う、無言のチームワークにKZも遅れずついていく。やはりこいつも一端のエッジランナーだ。
「フィールドワークは好きじゃないんですけどね」
「とはいえ食っていくには家に閉じこもっておくわけにもいかないでしょう?妹さんの面倒も見られているということだし」
「…あんた、何をした」
KZがエタニティを睨む。誰にも妹のことは話していないのに。
「チームを組む以上は最低限の情報は仕入れますよ、そういうものでしょう?だから何をする、というわけではありませんよ。私はみんなを信頼してはいますが、無条件で信用はしておりません。ここは、ナイトシティですから」
あの数分でどこぞの誰かに連絡を取るなりして、俺のことを調べたのか。戦慄するKZに対して、エタニティは微笑みを絶やさない。
「今までの仕事ぶりも拝見しました。いや素晴らしい経歴だ。さあ参りましょう、グズグズしているとまたユムの機嫌が悪くなる」
歩き出すエタニティに続いて、KZも足を前に進める。恐ろしいが、味方につければ頼もしい。それでいい、そういうやつと仕事をする方が生き残る可能性が格段に上がる。ここはそういう街で、俺らはそういう仕事をしている。自分に言い聞かせるようにKZは狭い後部シートに体を預ける。
Chapter.3
「話が違う、とは言わねえが、あんなのが大勢いるとは聞いてねえなぁ」
愛用の超大型ハンドガンに弾を充填しながらユムがぼやく。前方には武装した男たちがこちらを牽制するようにハンドガンをぶっ放している。射線は切れているとは言え、身を隠している柱から顔でも出せば蜂の巣だ。
「ただのギャングじゃなかったのかい?何だいあの武装は?ミリテクの連中じゃねえんだから!」
レザーやケプラーではない、軽装のアーマージャック、数人は防弾シールドも装備している。ハンドガンにショットガン、装備も通常のギャングとは思えない。なによりも
「ああ、あいつが邪魔くせえなぁ、あんな高いところにいたらぶった切れない!」
イメルダが叫ぶ、ギャング団の上空数メートルに待機する軍用ドローン。この存在がやっかいだった。こちらが銃撃の隙間で攻勢に出ようとするとドローンからの射撃が降り注ぐ。完全に釘付けにされてしまった。このままではジリ貧の未来しか見えない。
「ああ、これはめんどくさいですねえ、そんなにこのトランクが欲しいんでしょうか」
「おいエタニティ、感想をだべる暇があるなら1発くらい撃ち返したらどうだ?」
「私が撃ったってどうせ当たりませんし、顔を出したら死ぬ可能性だってある。無駄な弾を減らすのが一番効率的だと思うんですよね」
銃声響く倉庫街で当たり前のように語ったあと、視線をKZに向ける。
「ということで、お仕事です」
「みたいですね」
KZのサイバーウェアが規則的にチカチカと点滅しだす、視点をドローンに向けたまま雇われたネットランナーである彼がぼやく。
「あれアラサカの軍用ですね、ハックできるか自信ないですけど」
「やるときはやる人だと思ってますので、お願いします」
「体が無防備になる、バックアップ頼みます」
無言でユムとジェニーが拳銃を構え前に出る、火線の隙間を縫うように撃ち出された弾頭がギャングの1人の肩を撃ち抜いた。
時は少し前に巻き戻る。
ヘイウッド工業地区の南、16ストリートの倉庫街に到着したエタニティ一同は、コンテナが集合する傍らに1台の車を発見した。注意深く接近すると車は無人。
「どうやらここにトランクをぶち込んでおけってことみたいだな、周りはどうだ?」
ユムが言葉を言い終わる前に、イメルダがゆっくりと愛用の巨大なナタを背中から抜く。
「いるねえ、気配消してるつもりなんだろうが、下手くそだわ、殺気だらけ」
「もとから喧嘩する気ってことか、まったくもって糞だね、滅びればいいんだ」
ユムがトランクを車から取り出す。その瞬間にドローンの昆虫じみたエンジン音が深夜の倉庫街に木霊する。倉庫の影や廃棄されているコンテナの中から出てきたギャングたちが一斉に銃を構える。
その瞬間、既にイメルダはナタを振りかざし、野生動物のような低姿勢で1番手前に居たギャングの喉元まで駆け寄っていた。遠慮なく振り抜かれた分厚い刃はプラスチック・メッシュを織り込んだアーマージャックを紙のように引き裂き、肩口からへその上くらいまで体にめり込んでいた。あふれる鮮血、内臓とともに引き抜かれたナタを構え更にイメルダは前進する。
あとに続いてユムとジェニーが銃を乱射する。完全に虚を突かれた形になったギャングの戸惑いを彼らは見逃さない。1人のギャングがユムの弾丸で弾け飛んだ隙間をイメルダが詰める、もうひとりの体から血が吹き上がる。
「楽しぃ~!!」
叫びながら敵の囲みを突破し、射線を切るように立つコンテナと巨大クレーンの支柱の裏まで駆ける。
エタニティとKZはこういうときには大して役に立たない。KZも拳銃を所持しているが撃つという選択肢は彼の中にないし、エタニティが得意としているのは銃よりも毒液を染み込ませた投げナイフだ。今回のような相手に通用するものではない。
なので彼らは必死にトランクを抱えて走るしか無いのだ。体制を取り直したギャングの乱射するSMGの弾は運良く彼らの体には吸い込まれなかった。遅れて柱の裏に飛び込む。
これが、ほんの5分ほど前の話だ。
KZのダイブが始まる。軍用ドローンをハックするのは簡単なことではない。“階層”が深いのだ。電脳空間に浮かぶ彼自身の体は時に流線型に、時に立方体になりながら慎重かつ大胆にセキュリティのドアを開けていく。この間無防備な体自身が機能を停止したら、彼は死を迎えるだけだ。
銃弾が飛び交う鉄火場でハッキングを行う場合、ネットランナーは攻撃されない安全な場所やスニーキング状態で行うのが鉄則だ。だが、今回は事情が違う。撃たれる可能性の高い交戦エリア内で彼はドローンをこちらの制御下に置こうとしている。あのドローンを始末しないと上と下の火線でいつかは被害が出る。ここにいる全員はそれがわかっている。だからこそ、さっき知り合ったばかりの陰気な男のために、ユムも体を張って前に立つのだ。
「まだかかりそうか?けっこうきついぜこりゃ」
上空からのドローンによる斉射を受け、少しづつギャングたちも包囲の輪を縮めてきている。イメルダはあえて牽制射撃に加わらず、反撃のその瞬間を待っている。宝物のように血まみれのナタを胸に抱きながら。
ふいにドローンの射撃が止んだ。安定していたローターの回転音が不規則なものに変わると同時に、KZがドサッと倒れ込む。
「なんとかなりました。さて、反撃しますか」
言うやいなやドローンはギャングたちに対して射撃を始める。頭の上から銃弾を浴びて数人のギャングが倒れる。
「やるね」
一言かけてイメルダが飛び出す。生粋のソロである彼女が欲しているのは肉を切る感触と相手の死だ。2人の腹を切り裂き更に前進する。
合わせるようにユムとジェニーも一気に前進しつつ射撃を加える。イメルダに切り裂かれた2人が胸や頭に弾をくらい絶命する。先程まで圧倒的不利だった状況が一手で逆転した。
「おや、どうやら状況が逆転したようです。いかがですか?みなさんも雇われなのでしょう?いくら装備を支給されたからと言って、こんなことで命を落とすのは馬鹿らしいとは思いませんか?」
エタニティが芝居かかった口調で残ったギャングに伝える。すでにあの一瞬で大半は殲滅されている。イメルダが4人、ユムとジェニーで3人、KZの操るドローンで2人。おそらく残りは1~2人のはずだ。
戦わないでいいのならそれが楽でいい。戦意が底まで落ちた時にこの芝居じみた声は想像以上に効く。
「わかった…もう俺だけだ、撃たないでくれ、俺はこのまま離脱する」
コンテナの裏から声が聞こえる。ガチャリと音を立てて生き残りが手に持っていたSMGが投げ捨てられる。
「どうぞ、そのままお帰りください」
エタニティの声を受けてすごすごと姿を表したギャングは背を向けて逃げ帰ろうとする、その背中に――
エタニティの放った投げナイフが突き刺さる。不意を突かれた彼はゆっくりと倒れ込む。首の付け根辺りに刺さったそのナイフの傷跡から、じわじわと黒い液が流れ出している。神経毒を頸椎に直接流し込まれたのだ。
「…当たるんじゃねえか」
「偶然ですよ、まあ、銃よりは自信があります」
その横でイメルダが死体の服でナタについた血を拭っている。ジェニーは装備類から使えそうなパーツや銃弾を漁るのに夢中だ。一仕事を終えて額の汗を拭ったKZにエタニティが声をかける。
「お見事でした、起死回生の一手になりましたね」
「ギャランティの分は働きますよ」
「なぁエタニティ、こんだけの装備持った連中が待ち伏せてんだ、そいつがただの軍用ドローンだなんてまだ信じてるのかい?」
一通り死体漁りを終えたジェニーが叫ぶ。静かにユムも頷いている。
「信じてるわけないじゃないですか、義理を果たしただけですよ」
そう言うとエタニティはギャングの持っていたミリテク製のSMGを数発トランクに撃ち放つ。もちろん防弾処理がされているが、表面には傷が無数につく。
「嗚呼、ギャングの流れ弾が当たってしまった、これではロックが壊れてしまっても仕方ない!」
「臭え芝居はもういい、ジェニー、開けられるか?」
「任せときな」
大義名分を手に入れた一同はトランクを開ける、爆弾などのトラップは仕掛けられていない。ゆっくりと開いたその中には――
少女が横たわっていた。年頃にして4~5歳程度。蒼く見えるくらい透き通った白い肌の少女は眠っていた。
「おや、可愛いお姫様じゃないか?」
「ドローンじゃなかったの?可愛いけど」
「あ~あ、どうやってもめんどくさい案件じゃねえかこりゃ、どうすんだエタニティ」
「KZ、一応スキャニング出来ますか?」
KZが無言で近寄りチェックする。サイバーウェアの反応は何もない。
「…何もないね、彼女はどこにも機械を入れていない、生粋のナチュラルだ」
その瞬間、眠り姫がゆっくりと目を開けた。こわばった体をゆっくりと動かし、目の前にいたKZを見つめる。
「あなたは…だあれ?」
「あ、僕は、その」
「ここは、どこ?」
「えっと…ここは、ヘイウッド工業地区、僕はKZ2000だ、君の名前は?」
「わたし、なまえ…?」
少女はぼんやりとした口調で話す。うつろな目には少しづつ生気が戻ってきている感覚があるが、あまりよい状態じゃないのは見てわかる。
「わたしのなまえ…?わたし…」
「思い出せないのかい?」
「なまえ、ないと、おもう」
悲しげな顔を見せる少女にジェニーが話しかける。
「あらあらそうかい、お姫様はまだ名無しなんだね、じゃあまず名前をつけてあげなくちゃ、何がいいかね」
「おいジェニー、余計な首の突っ込み方は」
「うるさいねユム、まず会話だ。そうじゃなきゃなんにもわからねえだろ?」
「分かる必要もないだろ、依頼品はこの子なんだ。またトランクを閉じて、あの車に打ち込んで依頼終了だ、そうだろ?」
「また閉じ込める気なの?可愛そうだろうが!」
イメルダもジェニーの肩を持ち出した、こうなるとリアリストのユムは分が悪い。
「なまえ…」
「ああ、そうね、こんなに可愛いんだもの!私が次に人形を手に入れたらつけようと思ってた名前をあげるわ!」
イメルダが嬉しそうに叫ぶ。可愛いものとおもちゃに目がない彼女からしたら、ちょうど手に入れた新しいドールのようなものかもしれない。
「ドロシー、どう?旧世代のフェイマス・フェアリーテイルの主人公の名前よ!」
「いいですね、ドロシー、可愛いじゃないですか」
「ドロシー…私、ドロシー?」
「ああ、そうだね、君は今からドロシーだ」
KZが微笑む。そういえば彼の笑い顔を見るのはこれが初めてかもしれない。
「さてさて、それでは依頼を達成しますか」
エタニティが言いながら先程KZがハックしたドローンに近づく。
「おい、お前まさか」
「ユム、私は蝎子からドローンの移送を依頼されたんですよ?ほら、ここにあるじゃないですか?」
たしかにそこにあるのはアラサカの軍用ドローンだ。
「辻褄は合うね」
「全くだ」
「はぁ…知らんぞ俺は」
ぼやきつつドローンを回収するユムを横目に、KZはドロシーに語りかける。
「もう大丈夫だよ、立てる?」
ゆっくりと起き上がるドロシー。立つことがおぼつかない彼女をKZが抱きかかえる。
「ありがとう、おにいちゃん、けー…けーぜっと…」
「カズでいいよ、ドロシー」
「うん、ありがとうカズ」
微笑み合う2人。その横でエタニティが蝎子に連絡を取る。
「蝎子、終わりましたよ。物は確かに指定の場所においていきます」
「荒事になったかい?」
「たまったもんじゃないですよ、ミリテクの新型装備で武装したギャングが何人も…死体の片付けは依頼に入っておりませんので、クリーナーの手配はお願いしますよ」
「で、中身は見たのかい?トランクの」
「ああ、運悪くギャングの流れ弾があたって開いてしまいました、たしかに軍用ドローンでしたよ?」
「ほう…?」
「依頼どおりですよね?」
「確かに、確かにそうだな、依頼通りだ、ご苦労だな、すぐに残りを振り込む」
「ありがとうございます、今後ともご贔屓に」
通信を切るとエタニティは深く息をつく。蝎子とはたとえ通信だとしてもどこか背筋が凍る用な威圧感を出してくる。
「さあ撤収しましょう、長居は無用ですよ、分け前はこの後KUJIRAバーガーででも」
「この子はどうするんですか?」
KZが腕の中のドロシーを見つめる。
「あんたに懐いてるじゃないか、かわいがってあげなよ」
「何言ってるんですか!」
「妹さんも居るんでしょ?私達のような根無し草よりも間違いないよ。大事にしてあげなよ」
「もちろんその分取り分は増やしましょう、その話も向こうでしましょう」
ぎゅっとKZのジャケットをドロシーが掴む。その不安げな顔はまっすぐKZの目を見ている。
「…わかりましたよ、どちらにしろここで話すことではない。行きましょう、ドロシー大丈夫だからね」
「いなくならない?カズ?」
「ならないよ」
エンジン音が響く、すでにユムが車を回している。
「さあ早く!お嬢ちゃんのシートはねえから、今はそのお兄ちゃんの膝の上に乗るんだぜ」
促されて全員が乗り込む。無数の死体を残したままランナーズを乗せた車は走り出す。彼らが得たものは金と、謎の少女1人。ここから彼らの物語が始まる。ドロシーを巡りナイトシティで巻き起こるある事件の発端が、この依頼だったのだ。
Chapter.4
「と言うことです。ご依頼の品は確かに指定の場所に」
「中身は?」
「アラサカの軍用ドローンと言うお話でしたよね?確かに収めてあると思いますけど?」
「…確かにな」
「もしかして、何か別のものが入っていたのですか?そうだとしたらこちらの不手際になりますが、担当に確認させましょうか?」
蝎子はあえて申し訳無さそうに言う。わかっているのだ、元から入っていたものがヤバいものだということが。既にエタニティからトランクの中に眠り姫が収められていたという話は聞いている。
「いや、問題ないよ、流石に手際が良いな」
「ありがとうございます、武装したギャングが待ち伏せていたようですが事なきを得ました、ぜひ今後ともご贔屓に、鈴木マークス様」
鈴木マークス、と呼ばれたクライアントは静かに頷く。黒のスーツに身を包んだ紳士は席を立つ。
「また是非依頼する事が出てくると思うので、そのときはよろしく頼みますよ、蝎子さん」
くせ者だ。蝎子は物腰の柔らかさの向こうで絶対的に折れない心のようなものを透かして見ていた。ガキをトランクに閉じ込めて何をしようとしていた?奪われてどんな気持ちだ?何故取り返しに来ない?様々な疑問を押し込めて慇懃に見送りの礼を返す。
「さて…エタニティはどうするのかね、あの娘、面倒そうだぞ」
蝎子は煙草に火をつける、深く煙を吐き出しながら、この街にまた起ころうとしている未知の厄介事に思いを馳せた。
本編に続く
『サイバーパンクRED』オリジナルセッション「シルバー・パンプス」メンバー紹介
2022年11月10日(木)21:00〜プレミア公開